親しい人との連絡はLINEで行っているし、
gmailなどのフリーメールを除き、キャリアのメールアドレス(docomo.ne.jpとかezweb.ne.jp等)を使わなくなってしまった。
たまーにメルマガ登録とかで使うくらい。なんなら
「会員登録で5パーセントoff!!」
みたいなキャンペーンにつられ、たった5パーセントのために糞みたいなメルマガを受信するためだけのものになってしまった。
私だけでなく結構こういう人が多いのでは、と思う。
私が初めて携帯を所有出来たのは、
中学2年の時であった。
ちょうどパケット定額制が始まったばかりの時だった。
当時めちゃくちゃ嬉しかったのを覚えている。
これでいつでもどこでも恋バナが出来る…
好きなあの子と会話が出来る…
パケット定額制でエロ動画見放題というよりも、
メールが出来ることの喜びの方が6:4くらいで大きかった。
そして、皆それぞれアドレスも凝っていた。
アドレスは自分自身を表すもの、いわば
「名刺」であった。
連絡先交換の時、相手のアドレスを見て相手を知るわけだ。
そこには好きなもの、信念、生き方や夢が凝縮されていた。
皆、自分の想いをアドレスに託していたのだ。
だからこそ初期設定のアルファベットの羅列のままの人間、
または「名前のローマ字+誕生日の数字」
みたいなアドレスの奴は
「つまらない人間」
として迫害を受ける。
また、付き合っているカップルのアドレスは大抵、
「(男のイニシャル)&(女のイニシャル)forever-love@docomo.ne.jp」
であった。こういうカップルは大抵docomoだったし、
別れた後はすぐにアドレスを
「jinnsei-iroiro-next-stage@docomo.ne.jp」
みたいなのに変えていた。
これでも名前よりセンスがあるとされていたから不思議である。
ちなみに当時、レイザーラモンHGが流行っており、
「hard-gay.saysaysay.hoo-@docomo.ne.jp」
みたいな感じのアドレスの奴が一番センスがあるとされていた。
我が子のアドレスがコレである親はどんな気持ちだったのだろう。
高校まで確かそのアドレスで通してたし、おそらくホンモノのゲイだったのかもしれない。
かくいう私は初期設定のままで迫害を甘んじて受けていたが、
転機が訪れた。
彼女が出来たのである。
「アドレスに彼女への愛を託さねばならない」
と考えた私は、
その娘の名前を仮に「加藤マイコ」とすると
「i-love-m.k-and-baseball@ezweb.ne.jp」
みたいなのに変えた。
私は当時野球部だった。
「マイコと野球を愛する男」
として「名刺」を手に入れ、アイデンティティを確立したわけである。
メルアド交換が捗った。
当然加藤マイコも
「i-love-yass-aitakute-hurueru@docomo.ne.jp」
にするかと思っていたが、
「 i-love-family@docomo.ne.jp」
のままだった。家族想いである。
私はひどく嫉妬した。
「家族と俺どっちが大事なの?」
というとんでもない発言を浴びせたこともあっただろう。
そんな訳であっさりと破局を迎え、アドレスの変更を余儀なくされた。
ちなみにそれを面倒くさがり、同じイニシャルの女性を探していたことは秘密だ。
仕方が無いので、次のアドレスは自分の野球への信念を表すものとして、
「stubborn-spirit@ezweb.ne.jp」
とした。和訳は「不屈の精神、諦めない心」である。(合ってるかは知らん)
男子からはカッコイイと好評であったが、意味を知った女子からは
「マイコのことはもう諦めなよ」「ストーカーっぽい」
と不評であり、迫害を受けた。
その後もメールアドレスの変更は何回かやったが、
その時々で自分の好きなものだったり、信念だったりを詰め込んで、
毎回悩みながら変えていた。
たかがアドレスだが、「名刺」として私はアドレスに当時の想いを託していたのだ。
アドレスの変遷を見るだけで、当時のことを思い出せる。
ふと人生に疲れた時、立ち止まってしまった時、過去の自分を思い出す。
私にとって、メールアドレスは特別なものであるはずだ。
なのに、今の名前だけのアドレスに私は何を託せているのだろう。
メルマガ受信のみを淡々とこなし、いつしか迷惑メールを受信するようになり年老いていく。
日々ルーティンをこなすだけで年老いていく私と同じ、そこには夢も希望も無い。
アドレスを変更しよう。
そして今日から生まれ変わるのだ。
26歳。今の自分の想いをありったけに託すのだ。
そして連絡先にある親しい友人に自分の想いを感じて欲しい。
と思ったが、
私は来月にキャリアを変えるのだった。
それまではお預けにする。